ジャロン・ラニアー
ISBN-13: 9784153200166
新しいタイプのバーチャルリアリティなど、デジタルガジェットをラボ環境で試すと、いつも、ごくささいな設計の変更によって使用者の体験が大きく変わることを思いしらされる。あるボタンが使いやすいかどうかなど、どちらでもいいような違いで使い方が根本的に変わったりするのだ。
ソフトウェアやWebサービスの制作をするにあたって、よく理解しておきたい。
田中博基媒体の設計が異なると、人間性の発露も変化する。我々が取るべき道は、群れ意識をなるべく効率的に醸成するものではないだろう。一人ひとりが知性を発揮できるようにするべきなのだと思う。
「みんなの熟読」や、いま制作中の別のWebサービスもこのようなものにしていきたい。
田中博基技術者は、説得で他人に影響を与えようとしない。少なくとも上手ではない。スティーブ・ジョブズのように説得の名人がいないことはないが、技術者は基本的に人を魅了する者ではない。
スティーブ・ジョブズに対する「説得の名人」という評価が少し新鮮。
田中博基ウェブが今の構造となったのは必然ではない。1990年代初頭、デジタル情報をネットワーク化して幅広い人に使ってもらおうと考案された方法は、おそらく何十種類にのぼる。が、普及にいたらなかった今とはまったく違う構造をゼネラル・マジックやザナドゥなどが開発した実績がある。
なんとなく「インターネット」というものは唯一のもののように感じてしまっていたので、ここで語られている歴史は意外だった。普及しなかったものがもっていた隠れた利点や、普及しなかった理由などを掘り下げても面白そうだ。
田中博基ともかく、ソフトウェアの作り方を根底から変えられなければ、今後、間違いなく、固定化がさらに進む。
2010年から抜本的なソフトウェアの作り方の変化は起こっただろうか。生成AIを用いたバイブス・コーディングは大きな変化に感じるが、それが固定化を脱するのに寄与するかどうかはよくわからない。
田中博基ユニックスは、離散型で抽象的な記号を信じるあまり、現世の連続的で非抽象的な現実を軽視していると思う。
いわゆるハッカーがUNIXを批判することは珍しいので、この意見には驚いた。随分古くからLinuxに慣れ親しんでいるので、この感覚はなかなかピンとこない。
田中博基ファイルという考え方はあまりよくないと思うコンピュータ研究者がたくさんいた。
これも衝撃的。ファイルという考え方は、どのコンピュータを使っていても当たり前に存在していて、そこに疑問をもつことなどなかった。
田中博基ウェブ初期の活動は、驚くほどエネルギッシュで個人的だった。各自が自分の「ホームページ」を作っていたし、ホームページは一つひとつが大きく違っていたし、一風変わったものが多かった。ウェブには独特の雰囲気があったのだ。
私は子供の頃にギリギリこのWebの独特の雰囲気を体験している。ここで語られている雰囲気はとても懐かしいが、いまでは徹底的に洗い流されてしまったように思われる。あの雰囲気を再現することはもはや不可能なのだろうかと、思うことはままある。
田中博基クラウドコンピューティングによって金融の世界が一変した。金融分野で成功するためには、まっとうな金融原理を犠牲にクラウドを操作しなければならなくなった。科学の世界でも同じようなやり方が提案されている。これを採用すれば、研究者も、自分たちが本当は何をしているのかよくわからなくなる。
「科学の世界で提案されているやり方」の具体的なイメージが掴めないが、近年のAIを使って論文を探し、AIを使って要約を得て、AIを使って論文を作成するという流れを見ていると「研究者も、自分たちが本当は何をしているのかよくわからなく」なっている可能性は大いにあると思った。
田中博基何週間もの熟考のすえ、ようやく聞こえた内なる声について、ブログ記事を書こう。
先日、Webサイトの「コラム」をAIを使って量産したので心苦しい。正直、AIを使って書いたコラムに価値はないと思う。なにか問題を抱えた人が、そのコラムを読むとも思っていない。先にAIに質問して、コラムを読むよりスムーズに解決策に至るであろうから。AIから引き出すことのできない文章を書かないといけない。
田中博基今は二十一世紀初頭。つまり、本書の言葉は、主に人でないモノに読まれるはずだ。
2010年に書かれたこの本の最初の一文がこの予言なのはすごい。AnthoropicやOpenAIの大規模言語モデルに取り込まれていることは間違いないであろうから。
田中博基