身体性。
そのキーワードが脳に降りてきたとき、私は、これこそAIに欠けているものだと確信した。
(中略)
昭和の身体感覚を知っている私が、AIの誕生を見守ったエンジニアとして、AIの正体を明かさなかったら、この真実は埋もれてしまうかもしれない。そんな使命感に駆られて。
いかにも自分の専売特許みたいに「身体性」という言葉を使おうとしているが,そんなことは多少専門性のあるひとなら,みんなわかっていて,既に人口に膾炙している。「フィジカルAI」はとっくにビジネス界においても日常的に使用される用語となった。著者はふだん,優秀な研究者とも優秀なビジネスパーソンともろくに話をしていないのだろう。わけのわからない使命感を携えているが,誇大妄想である。メサイアコンプレックスなのだろうか。
田中博基