山口周
私は、大学で哲学と美術史を研究したのちに広告代理店の電通に入社し、20代に宣伝・広告のプランニングに携わったあと、(後略)
そんなキャリアパスがあるんだ,と興味深かった。広告と美術の距離はそう遠くないような気もするが,どのような経緯で電通に就職するに至ったのか,知りたくなった。
現代の日本は、かつて経験したことのない「低成長の時代」を迎えています。しかし、このような時代の到来に合わせた人生観・キャリア観のアップデートが進んでおらず、多くの人は「高成長の時代」の「頑張れば報われるマインドセット」のままで人生に臨んでおり、多くの混乱と悲劇が生まれています。
最近,というより私の子供の頃からずっと言われているような気がする。
現代において「頑張れば報われる」はマインドセットというよりは,「願望」のように思う。「次の日本の勝ち筋は〜」と言っているような大企業のトップ層は再び「高成長の時代」を待ち侘びているように見える。ただ,庶民にとっても「頑張れば報われる」に越したことはなく,社会全体としては高成長とまでは行かなくとも,それなりの経済成長を目指すべきなのではないだろうか。個人の人生を上手に「経営」する,というのはいつの時代にも通用しそうだが,同時に社会を変えていくアプローチも少しは考えたいなと思った。
また,物事の見方が高成長の時代のままだと,低成長の時代にもかかわらず経済的・社会的に成功した人を見て「(従来通りの頑張り方で)頑張ったから成功したんだ」という誤解を含んだ認識をしてしまうのも問題であり,それが「多くの混乱と悲劇」のはじまりのような気がする。
ゼロ成長社会とは「成長・発展している場所」と「停滞・衰退している場所」との明暗が極端に分かれる社会のことなのです。
こう説明されると,「ゼロ成長社会」に魅力を感じないが,受け入れるしかないものだろうか。みなが「成長・発展している場所」に殺到して,競争に負けたものから死滅していくような,ずいぶんつまらない世の中のように思う。
競争戦略論の教祖とされていることから、誤解されていることが多いのですが、ポーターはもともと「経営学」ではなく、「経済学」の研究者で、博士号も「経済学」で取得しています。
経済学では「社会的厚生の最大化」を目指します。簡単に言えば、市場で健全な競争が起き、独占企業が高い価格で暴利を貪るようなことがなく、誰もが必要なものを適切な価格で買える社会を「良い社会」と考え、このような状況の実現を阻害する要因を是正することを目指す、ということです。
しかし、これをひっくり返してみるとどうなるでしょうか?独占企業が高い価格で暴利を貪っている状況というのは、社会全体にとって望ましいことではありませんが、個別企業からすれば理想的な状況ということになります。
ポーターがやったのはまさにこれで、彼は、経済学でやってきた研究をそのまま裏返しにして経営学の世界に持ち込んだのです。すごい発想の転換です。
どんだけ邪悪な学者なんだ、悪魔だろこんなの、と戦慄した。市場原理主義もどこまで有効か微妙なところがあるが、ポーターのポジショニング戦略はそれを逆手にとって一人勝ちするための理論なのだとわかった。経済学との対応関係まで理解して、ポジショニング戦略を唱えている人は少ないかもしれない。それどころか、市場原理主義を自認しながら、ポジショニング戦略に基づいて行動している人さえいるかもしれない。
邪悪になる時もあるかもしれないが,せめて自分が何をしているのかを理解して邪悪になるべきかなと思った。